「なぜか、あの人はいつも得をしているように見える」
「努力していても、なぜか報われないと感じることがある」
日常の中で、ふとそんな気持ちになったことはありませんか?
たとえ口には出さなくても、心の奥に「見た目の影響って、意外と大きいのかもしれない…」という違和感を抱いたことのある方は、決して少なくないはずです。最近では見た目が9割っていう言葉もという言葉もよく耳にします。
これは決して表面的な美しさだけを意味するのではなく、
第一印象や雰囲気、清潔感といった“外見に含まれるすべて”が、人の評価に大きく関わっているという現実を指しています。
私自身、エピテーゼの仕事を通して、見た目の悩みがどれだけ人の心や人生に影響を与えるかを、日々感じています。
そして先日、改めてその現実を“数字”で突きつけられるような一冊と出会いました。
もくじ
美貌格差:生まれつき不平等の経済学 見た目と年収の「知られざる関係」

今回ご紹介するのは、経済学者ダニエル・S・ハマーメッシュ氏による『美貌格差――生まれつき不平等の経済学』という一冊です。
この本では、「身体的魅力」が個人の人生にどれほど影響を与えているかについて、
世界各国の膨大なデータをもとに、経済学の視点から分析されています。
中でも特に印象的だったのが、生涯所得に関する試算です。
著者によれば、
- 容姿が“平均未満”の人の生涯所得は約146万ドル(日本円で約2億2千万円)
- “平均以上”の人は約169万ドル(約2億5千万円)
つまり、外見の違いによって、生涯で約23万ドル(約3,600万円)もの所得差が生じると試算されているのです。
このような「美しさのプレミアム」や「醜さのペナルティ」は、面接や昇進といった職場での評価にとどまりません。
結婚市場、友人関係、さらには銀行融資や裁判の量刑といった、社会のあらゆる場面において、
外見が無意識のうちに影響を及ぼしていることが、数々の調査結果によって示されています。
そして何より重要なのは、
これらの差が、個人の努力や能力では超えられない“構造的な不平等”として存在しているという点です。
しかもこの傾向は、営業職や接客業のように“見た目が重視されやすい”職種だけに限った話ではありません。
工場勤務、研究職、事務職など、一見外見とは無関係に思える職場でも、
評価や昇進に明らかな差が見られるというのです。
さらには、本来なら公平であるべき銀行の融資審査や、裁判における量刑判断にさえ、
見た目の印象が影響を及ぼす傾向があることが、複数のデータによって裏付けられています。
中でも衝撃的なのは、「外見の違いによって、生涯年収に数千万円〜1億円以上の差が生まれる可能性がある」いう試算でした。
外見の評価は、意識されないまま「人生を左右する」
では、なぜこのような差が生まれてしまうのでしょうか?
著者は、「人は見た目が良い人に対して、能力が高そう・信頼できそうといったポジティブな印象を抱きやすい」
という心理的な傾向があると説明しています。
つまり、生まれつきの容姿が、知らず知らずのうちに“見えない資産”のように働き、評価やチャンスに影響しているという現実があるのです。
これは決して、誰かを責める話ではありません。
私たち一人ひとりが持つ「無意識のバイアス」が、個人の人生に大きな影響を与えてしまう構造に、静かに警鐘を鳴らす本だと感じました。
では、「見た目」に悩みを抱える人はどうすればいいのか
ここで、私たちが日々接している方々のことが思い浮かびました。
事故や病気、あるいは先天的な理由により、外見に変化が生じた方々。
人の視線が気になって外出が怖い。
鏡を見るのがつらい。
もとの自分に戻りたい。
みんなと同じになりたい。
そんなお声を、これまでたくさん伺ってきました。
エピテーゼは「見た目を補うもの」ではなく、「人生を取り戻す手段」

エピテーゼとは、失われた身体の一部(指先、耳、乳房など)を本物のように再現するオーダーメイドの装具です。
けれど、ただ“見た目を整える”ことが目的ではありません。
エピテーゼを装着したときに、もう一度自分らしく前を向ける。
自信を取り戻し、社会とのつながりを感じられる。
そんなふうに、“心がふっと軽くなる瞬間”を届けることこそ、私たちの目指す支援のあり方です。
実際に、あるお客様からこんなお声をいただきました。
「エピテーゼをつけたとき、涙が出ました。
初めて“これなら、もう一度外に出られるかもしれない”と思えたんです。」
これは、単なる作り物ではできないことです。
技術と寄り添いの心が合わさって初めて、「人生に希望を取り戻すケア」になるのだと思います。
見た目の「不平等」がある社会だからこそ、私たちができること
『美貌格差』は、「なぜこんな世の中なんだろう」と感じる方にとって、その背景にある構造や偏りを、静かに、でも確実に見せてくれる一冊です。
読んだ後、「なんだか悔しい」「でも、現実はそうかもしれない」と、複雑な気持ちになるかもしれません。
だからこそ、この事実を知った上で、“では、私たちはどう生きるか”“何ができるか”を考える視点が大切だと感じます。
そして、そのひとつの答えが、私たちが行っているエピテーゼの学びであり、サポートなのだと改めて思いました。
「誰かの見た目の悩みに寄り添う人」になるという選択肢
しかし、現実には、まだまだエピテーゼという存在そのものが、社会に広く知られているとは言えません。
事故や病気、あるいは生まれつきの理由で、外見に変化を抱えている方は全国に数多くいらっしゃいます。
しかし、そうした方々が安心して相談できる場所や、製作者(エピテニスト®)は、いまだに圧倒的に足りていないのが現状です。
外見にまつわる悩みは、とても繊細で、誰にでも気軽に打ち明けられるものではありません。
だからこそ、その声は表に出にくく、ニーズも“見えにくい”まま放置されがちです。
それでも、確実に——そして切実に——求められているケアであることは間違いありません。
「見た目」が人生に大きな影響を与える時代だからこそ、
その現実から目をそらさず、そっと寄り添う人が必要です。
それは、今後の社会においてとても大切な役割であり、
誰かの人生を明るく照らす力になることのできる仕事でもあります。
最後に
外見によって生涯所得に数千万円〜1億円の差が出る可能性があるという試算。
たとえば、容姿が平均未満の人の生涯所得は約146万ドル(約2億2千万円)、
一方で平均以上の人は約169万ドル(約2億5千万円)とされており、約3,600万円の差があるということ。
この“美しさのプレミアム”は、営業職や接客業だけでなく、
工場勤務や研究職、さらには裁判や融資など、見た目とは無関係に思える分野でも生じているということ。
そして何より深刻なのは、こうした違いが努力や能力だけでは埋められない「構造的な不平等」として影響を及ぼしていることを、経済学的な視点からお伝えしました。
この本の中では、外見がもたらす経済的な影響について多くのデータとともに紹介されていましたが、もし、ある日突然の事故や病気で、身体の一部を失われる方は少なくありません。
そのとき、私たちが直面するのは、単に見た目の変化だけではありません。
「人前に出るのが怖い」「視線が気になる」「以前の自分を思い出すのがつらい」
そんなふうに、心まで大きく傷ついてしまうことがあるのです。
どれほど前向きに生きようとしても、
自信を失い、社会とのつながりを少しずつ手放してしまう方も少なくありません。
だからこそ、いま必要なのは、「外見」と「心」の両方を支えるケアです。
ただ見た目を整えるのではなく、
その方がもう一度“自分らしく”社会と関われるように、心に寄り添いながらサポートする。
それが、私たちが取り組んでいるエピテーゼの役割であり、製作とケアを担う技術者(エピテニスト)たちの使命でもあります。
エピテーゼの学びは、誰かの人生を支える力になります。
まずは、学ぶことから。私たちと一緒に、一歩を踏み出してみませんか?
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